記録として。

まぁ知ってる人しか来ないブログだし、自分の記録として、書き留めておくことにする。

11/17(日)、母と宝塚を見に行った。演目は「shall we dance?」とレビュー「congratulations 宝塚」。雪組公演。
この舞台に遠縁の女性が出ていると言うことで、母が見たいと言うので宝塚友の会に入っている友人に頼んでチケットを取ってもらい、二人で行ったのだ。
ちなみに遠縁と言うのは本当に遠い遠い親戚で、母のいとこの孫らしい。私にとってはほぼ、というかほとんど他人。
母の話だと、祖母(母にとっての母)の御学友が宝塚に入団して(明治生まれの女性としてはかなりハイカラだと思うが、祖母は女学校に通っていた)、活躍した後芦屋の元華族と結婚したのだそうだ。母は宝塚と言う美しい女性たちが集う舞台にとてもあこがれており、大阪に出てくる時に、その人にクチを聞いてあげようかと言う話もサラっと出たと言っていた。
#サラっと過ぎてネタで終わってしまったらしい。
なのでめぐりめぐって遠縁の女性が舞台に上がっているのがとても嬉しいらしい。
私は滅多に実家に帰らないので、親とじっくり話す機会もあまりない。
なのでその時久しぶりに母と話をしたのだが、その時気になることを言われた。
「お父さんが行ってる○○病院に、△△病院の先生が通いで来てるんやけど、その先生に、△△病院で精密検査受けへんか言われてん」
父も母も高齢枠に入ってるので、定期的に病院には行っている。
特に父は40代頃から糖尿病を患っているので、免疫力が普通より低くなっているため、時々妙な疾患にかかる。それのためもあって病院には真面目に言っているらしい。
今回のことは、父はお箸が持ちにくくなったということで、手の動きが悪くなったことを医師に伝えたらそういう展開になったそう。
「めんどくさい話になったわァ。△△病院て遠いから、検査入院一週間なんやけど、お母さん店あるし付いていかれへんし、しょうがないから大っきいリュック買うてん。お父さんの着替えそこに全部入れてな」
実家は小銭稼ぎに、クリーニング屋のフランチャイズ店をやっている。
へーそうなんや~めんどくさいね~、とその時はそれで話は終わった。

11/28(木)、22時からモンハン集会所やろうぜと声をかけてあったのだけど、みな都合が悪く、私ともう一人だけしか集まらなかったので、ペア狩りをしていた。
モンハン、つまりモンスターハンター4なんだけど、4からインターネットを使った、遠方の友達とも共同プレイが出来るようになった為、もともとオンラインゲームで一緒にプレイしていた親しい友がいた私は、彼としょっちゅうプレイをしている。
それと、私をモンハンに誘ったリアル友達、昔一緒にライブに行っていたゲーム好きの友達も加わり、時間が合えば4人でプレイをしているのだ。
今回はオンラインゲーム友だけだったが、クジラのような大型のモンスターを倒すため、二人で船に乗って敵を攻撃していた。
このモンスターを倒したいと言ったのは私で、ゲーム友はそれを手伝ってくれていた。
そこに母から電話がかかってきた。
私はひざ頭にストレート型のPHSを乗せて耳で挟み込むように押さえつけ、手は3DSを持って大砲の玉を運んだりバリスタを撃ったりしながら電話を受けた。

「お父さんな。難病や言われてん」

は?

「ALSいう病気やねんて。インターネットで調べたら判るわ」
と言われても今は手が離せないんで調べられないんだけど。オンラインゲームなんで一時停止も出来ないし、モンスターは攻め込んできてるし。
とりあえず友人には「電話」と告げ、申し訳ないが一人安全な場所へ移動した。
「えっとつまりどういうこと?」
「筋萎縮症いう病気やねんて。難病で、治らへんねんて」
「は!?」
「お父さん精密検査受けに行ったやろ。ほんで調べてもぉたらそう言われてな。日曜帰ってくんねんけど、M(弟)も家に帰ってくることなってるけど」
Mは名古屋に転勤になっていて、2週に一回くらい実家に帰ってきていると聞いている。
「えっと…ほんで、私、どないしたらええんかな。家帰ったほうがええん?」
「いや別にー。とりあえず、今日は報告だけ」
あっそう…と返事をして、電話を切った。
ゲームを中断してたことを友人に謝り、そのクエストは完了した。
クエスト中にもう一人友達がオンラインにやってきたので、その後もゲームをして、適当な時間で解散した。

その後ネットでALSについて調べた。ホーキング博士がかかっている病気、と書かれていたことで状態が大体わかった。
つまり四肢の自由が利かなくなる、言葉による意思伝達が難しくなる、意識も脳も正常のままである、ということだ。
ホーキング博士は病気の進行が途中で激的に遅くなったそうでいまだお元気だが、呼吸器系にも異常が出るようになると自力呼吸が難しくなるため人工呼吸器が必要になるなど生命を脅かす症状が出てきて、進行の早い遅いはあるらしいが、最悪死に至る病である。
父の医師は「早いか遅いかは五分五分だ」と言ったらしい。
今のところ研究は進んでいるものの治療法はなく、症状を遅らせる薬による対処療法しかないらしい。ips細胞による治療に期待がかかっているという情報もあった。

電話をもらった時間は遅く、調べ始めたのはゲームが終わってからと言うこともあって、その日はもう家に電話はしなかった。
11/29金曜日の朝、出勤前に家に電話をした。
「ゆんべALSについて調べた。上手くいったら死んだりはせぇへんのやな」
「うんまぁ、でも先生は五分五分言うてたけどな。せやしお父さんも年やからな、寿命とどっちが早いかいう気もするし」
両親は現在は70代半ばである。
「私土曜は仕事やねん。大事な会議があって、休まれへんねん。せやけど、家帰ったほうがええんやったら、今日やったら何とか都合付けたら午後からでも帰れるし」
「うーんでも帰ってきてもろても別に何もすることないで?」
「せやったらエエけど…お金のこととかもあるし」
「お金はな、難病指定で認められたら国が面倒見てくれるし、病院のセンセが介護の人回す言うてくれてるし、なんとでもなる」
「今国会でちょうど難病指定についても審議してるらしいけど…マイナスのほうで」
現在、難病重傷者の自己負担額を増やすと言う法案が出ているらしい。(ぐーぐる検索結果
ホンマぁ、と母が少し暗いトーンで言った。
「まぁな、今すぐどうこう言うことあるわけやあらへんし、帰ってきてもしゃーないからエエよ」
母がそういうので、日曜に家に帰るのも止めた。

それで今日は家にいた。
11月は珍しく予定が多く、休みの日も早起きして出かけることが続いていたため、結構疲れていたのだ。
夜、弟が既に帰路についているであろう時間に弟にメールをした。家はどうだったか、と。
「医者からお父さんに説明はあったらしいけど、よぉ聞こえてなかったみたいで、あんまり理解してないみたい」
父は4、5年前から片方の耳が聞こえないため、大きな声で話をしないと聞こえていないことが多い。
「お母さんは春くらいにクリーニング店を辞めようかと言っていた」
父の介護があるからだろう。クリーニング店は本当に小銭稼ぎと暇つぶしのようなことでもあったし(年金がたっぷりもらえる世代だし働ける間にそこそこ貯めているから、働かなくても年寄り二人暮らせるくらいのお金はある)、子供二人は実家におらず、親としては残念なことに二人とも未婚で、働いている。母が自由に動くには店はやっていられないだろう。
弟には「ねーちゃんがマメに家に帰ったりしたらかえってお父さんが不信がるだろうから、帰らない。いつもどおりにする。あんたもいつもどおり2週に一回帰れ」と伝えた。

とりあえずここまで。
進展があればまた記録をつけようと思う。

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