何をどう評価すれば

先日とある映画を見て、素敵な話で自然な涙が出た。
原作付きとはいえ、脚本がいいとこうも心が揺さぶられるのか、と思った。

昨日、その脚本家が、現在見ている深夜アニメの脚本家だと知った。

え、えええ…。

あの、伏線のように見せかけてましたが伏線でもなんでもなくて絵面的にカッコイイからやりましたな展開しか出来ない、素材の味を全く引き出せない、基本設定も前提も無かったかのようなご都合主義にもほどがある脚本書いたのが、あの映画の脚本家なんですか?

………。

どう受け止めたらいいのかよくわからん。

あえていうなら、原作があるかないかの違いなのかな。

映画は原作付きでしかも実話を元にしたもの。だから大幅に原作と違う事には出来ない仕様だったと思う。
大幅に逸脱してる原作付きも多数あるけど、実話はねじ曲げるわけにはいかないもの。

たぶんこの脚本家は、ゼロから作るオリジナルは駄目駄目なんだろうな。
文筆家は自分の考えたものを文字に起こして他者に伝えるのが仕事だけど、それをいかに上手く伝えるかということはとても重要。
この人はそれが全く出来ないタイプで、他人の補助がないと受け手にボールが投げられない。補助無しでボールが明後日のところに行ってしまっても、これはこれでと自分で満足しちゃって、受け手は無視。
そういう人がああいう仕事を任されたのは不運だったのかも知れない。

不運だからってあんなクソ脚本を認めたりはしませんけどね。

向き不向きがあるんだから、向いてるところだけで仕事して欲しいモンです。

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